ジコカイジ

self-disclosure‐‐‐乳がんのこと、仕事のこと、生き方のことを書いていく。

ジェルネイルしたままでCTとかMRIを受けた私。

去年、手術前にCTとMRIの検査を受けた。その際、マニュキュアは落としてきてくださいねーと、看護師さんから説明されていた。

 

が、元来爪が薄く、弱い私は、はーい♡とか言っておいて、もちろんジェルネイルをつけたまま、CTもMRIも受けたのだった。

 

 

exgirlfriend.hatenablog.com

 

 

金属に反応するからダメだという説明を受けたのだが、ではメイクはどうなのだろうか。私の使ってるアイシャドウ、ラメとか入っているよ?おそらく金属由来なんじゃないの?とか、言い出すときりがないわけである。

 

一応、ジェルネイルも、ストーンやスタッズなどは付けず、ラメの入っていないもので、ジェルしたまま行った。当日、検査室で怒られてボコられて、帰れって言われたりするのかなー?とドキドキしていたのだが、検査技師のお姉さんも看護師さんも、私のネイルについては華麗にスルーしていった。

 

でもでも、もしかしたら磁気が反応しちゃて、爪燃えちゃったりして!と、再度ドキドキしたのだが、爪は熱くもならず、燃えもしなかった。

 

それよりも、私は閉所恐怖症であることがわかった。CTもMRIも、あのドーナツの中にいるのが怖くて、まだですか~まだですか~こわいですぅ~とうめいて、技師のお姉さんから、こっちから見るとそんなに狭くもないし、隙間はかなりあるように見えるんだけどねぇ~、とマイク越しにあきれ気味に言われたことは忘れない。

 

 

抗がん剤中のジェルネイルについて

爪が弱いから、ずっとジェルネイルを着けていたかったが。

 

手術入院中を除き、CTやMRIなどの検査のとき、また、抗がん剤放射線治療中もジェルネイルを付けていた。爪が薄く、伸ばしたそばから先端が反って生えてきて、すぐに折れたり切れたりしてしまう弱い爪のため、私にとってのジェルネイルは審美的なものだけではなく、爪の補強という点でもいまやマストのもの。本当は手術入院時にもジェルネイルを着けていたかったが、看護師さんたちから絶対に取ってくるように厳命されたため従った。手術から抗がん剤まで約1か月間あったため、退院後はすぐにジェルネイルをした。そのまま抗がん剤にも突入し、副作用が収まったあたりで付け替える。大体1か月に一度の頻度で付け替えていた。

 

アピアランスケアとして、公的には推奨されていない。

 

がん患者のアピアランスケアに注目が集まっており、医療者向けへガイドラインもまとめられてきて、本も出版されている。

 

臨床で活かす がん患者のアピアランスケア

臨床で活かす がん患者のアピアランスケア

 

 

 

上記内容を簡便にまとめた記事が、東京都福祉保健局のサイト内にあるのでそこからジェルネイルの部分を引用したい。

 

がん患者さんとそのご家族へアピアランスケアに関する情報ページ ~外見の変化が心配なときに~ 東京都福祉保健局

 

5)ジェルネイルについて
Point:残念ながら、医療者としては、おススメできません。
 ジェルネイルとは硬化性樹脂を用いて自爪の上に義爪を形成する方法で、普通のマニキュアとは異なり、数週間に渡ってその状態を維持できるので人気があります。今まではネイリストによる施術が主でしたが、最近では手軽に自分で行える製品も多く販売されるようになりました。しかし、ジェルネイルは装脱着時に爪を削ることが多く、がん患者さんの薄くなりやすい爪には負担になります。また健康な人が使用しても、樹脂によるアレルギーの報告や、長期間の装着で義爪と爪甲の間にカビや細菌の繁殖が起きることが報告されています。何よりも、ジェルネイルは数週間装着したままであることから、その間、爪甲・爪下の状態を観察できず、気づかないうちに、爪の下に炎症がおきたり、膿がたまったりすることが心配されます。このような問題があることから、現時点では化学療法中の爪の変化に対し、ジェルネイルを使用することは勧められません。

 
勧められない理由として、①施術のために爪を削ることがあり、がん患者の爪には負担となること、②長期間付けていると、爪とジェルの間が浮いてきたときに水がはいり、カビや細菌が繁殖してしまいトラブルを起こす可能性が高い、ということである。
 
 
EC療法、タキソール/タキソテールでも爪がはがれなかった!
 
でも私は元来、爪が薄く弱い。だからジェルを辞める気はさらさらなかった。毎月サロンに行って付け替えること、ジェルが少しでも浮いてくる前に行くことはもちろん心がけたけれど。
 
抗がん剤の副作用として、爪の変色や剥がれがある。ジェルを付けていない足指は、黒く変色し、左足の中指、薬指の爪は2度剥がれた。しかし、ジェルネイルを常に着けていた手指の爪は剥がれなかった。付け替えるときに地爪を見ると変色もしていなかったのだ。ジェルネイルで爪表面を保護していた手指は、強度を増すだけでなく、抗がん剤の副作用からも守ってくれた。
 
抗がん剤投与中に、爪の変色や剥がれを予防するために、保冷剤で冷やしたりしたけれど、効果があったとは言えなかった。もし足指もジェルネイルし続けていたら、剥がれなかったかもしれない、と思う。
 
抗がん剤治療中は、アピアランスの変化が激しい。脱毛や土のような黒んずんだ顔色など、ボディイメージが著しく損なわれる。指先はいつも自分の視界に入るもの。指先が手入れされていること、ジェルネイルで美しい指先を保つことは、数少ない楽しみだった。
 
もちろん、ジェルが少しでも浮いてくる前に付け替えなければいけない。ジェルが浮いて、水が入ってしまったら、それはもちろんトラブルの原因になってしまうから。
 

夏らしく、スイカを表現してみた。

 
 
  

 

朝日新聞の記事「がんとうまく付き合う」を読んで

Facebookのタイムラインに、この記事が流れてきた。

 

www.asahi.com

 

身近な人ががんとわかったとき、家族や友人、職場など、どのように思ったか、対処したかのアンケートをまとめたものだ。

 

私自身は2001年、最初の乳がんのときは基本的に家族以外には知らせなかったが、今回は仕事先や友人など周囲にはがんであることを伝えた。カミングアウトすることで、細々とだが仕事をすることもできた。

 

だが、時折、非言語のレベルで「もうこれ以上あなたの病気の話は聞かないぞ」というオーラというか、あ、私いまシャットアウトされていると感じることもあった。家族や友人の心に負担をかけているのだという事実を突きつけられた。

 

家族や友人のメンタルヘルスのための「淡い」

 

大須賀覚先生とは、Facebook上でやりとりさせていただいているのだが、あるときのFB上でのやりとりをご自身のブログにまとめられているので紹介したいと思う。

 

satoru-blog.com

 

ここで私は亡くなった妹の例を出した。大須賀先生のブログから引用。

 

側に居て、耳を傾ける。これに尽きると思います。亡妹はがん性髄膜炎と分かってすぐ余命1か月と告げられ、本当に1か月で逝きました。余命を告げられたことを近しい友人に話すと、あきらめちゃダメ、頑張れ、と励ましてくれましたが、それまで周囲の励ましを感謝して受け入れていた妹が、そんなこと言ってほしいのではない、ただ受け入れてほしいのだ、と初めて怒ったことを思い出しました。

 

 

妹は、ただ黙って受け入れてほしいと言っていた。それはいまとなっては、まったく尤もな意見なのだが、その後FBに緩和ケア医の西智弘先生のコメントがアップされた。

これも大須賀先生ブログから引用する。

 

私は、医療のトレーニングを受けていない人が、「ただ耳を傾ける」ということは難しく危険なことと思っています。自ら自発的にそれを行える方ならいいのですが、医療者が「そうすればいい、自分はそうしている」とアドバイスして実行させるなら、その人の心が壊れてしまうリスクを考慮しなければなりません。
一般の方が「何かしてあげたい」と思うのは、自分の心を護るためという一面があります。つらく悲しい思いをただ耳を傾けて受け止めるというのは相当のストレスです。だから、それを「何かをしてあげた」ということで患者に返すことで、自分の心が壊れることから防衛しています。安易な励ましやアドバイスにはこういった側面があります。なので、この関係性は患者・友人のどちらも不幸になりうる構図になっていると考えています。
なので、友人に「耳を傾けさせる」なら、その友人を心理的負担から解放する仕掛けと一緒である必要があると思っています。それこそが医療者ができるケアだと思います。

 

 

この西先生のご意見は、目を開かれたような気がした。家族や友人の心を壊してしまうかもしれない、という危険性は全く考えていなかったのだ。

 

短期間に両親を亡くした友人が、深く突っ込んで話をしないことがお互いの思いやりだと言っていたのだが、そうなのかもしれない。でもがんの治療、その後の心身の回復には時間がかかるため、はっきりとできるできない、困っていることなどを伝えないと困ること事態も起こる。その「淡さ」の加減が難しい。

 

患者会への参加や、専門家のカウンセリングを受けるとか、あえて「家族や友人を巻き込まない」という意識も必要かもしれない。

 

患者は、命の問題を突き付けられ、治療中には心身のダメージを受け、心と体の回復は同時ではなく時差が生じる。そのとき、どう過ごすかが、私の人間力を試されているような気がしている。とりあえずいまは落第。

藁をもつかむ

2001年、最初の入院中、母が見舞いに来た。

手術には、来なくていいと言った。ただオロオロするだけなのは明らかだからだ。

入院前にも電話をかけてきて、なんでなんで私ばっかりこんな目に遭うのかしらと泣くのだ。こっちのほうが泣きたいのに、娘ががんなんてと言って泣いている母にへきえきし、入院中は来なくていいとあれだけ言ったのに、来た。

 

手術から3日目、包帯は取られ、手術痕は薄いテープでおさえていただけだった。胸に一本の線がすーーっとあるだけで、胸のシェイプにはなんの影響もない。その低侵襲な傷あとに私は満足していた。同室の患者たちもみな、よかったねこれならお嫁に行けるねと、まるで自分のことのように喜んでくれた。

 

傷ね、とっても綺麗なんだよ。線が一本すーーーって入っているだけなんだよ。ねえ見てみて。と言うと、イヤ傷跡なんて気持ち悪いもん。といって、夜、ひとりでトイレに行く子供のように怖がった。

 

私の対面のベッドで横になっていた人に母があいさつをした。突然なにを思ったか、そのとき、母が商っていた化粧品を勧め始めた。そのころの母は、事業が思わしくなく、あらゆる仕事に手を出していた。化粧品もそのひとつだ。

 

もうやめてよ!早く帰ってくれない? 娘と同室に入院している人に、化粧品を売ろうとするなんて、信じられない! 母は、はいはい、わかりました。と言って帰って行った。

 

その頃の母は60代前半だったか。仕事が行き詰まり窮余の策だったのだろう。化粧品の仕事がうまくいっていたとは思えなかった。それでも、なにか、どんなきっかけでもあればと、藁をもつかむ思いでいたのだろう。目の前に藁があればつかむ、藁があればつかむ、藁があればつかむ。それを繰り返していた。気の毒だが、どれも見当違いの藁であり、母を助けることはなかった。私はなんにでも見境なくとりすがり、藁をつかむ母を軽蔑していた。

 

そしていま私自身が、目の前にあるものすべて、藁をつかむ。あのとき軽蔑した母以下の浅ましさで。

 

私のウイッグの先生 tsuoriiさんのこと         

どうやったら、自然に見せることができるのか?

 

2017年7月18日手術して、抗がん剤は翌週からはじめようよ、とA先生に言われていたけれど、往生際の悪い私は、またしても抗がん剤やるかやらないか、ギリギリまで考えさせてと懇願し、結局やると決めたのは8月に入ってからだった。

 

やるやらないをグルグル考えていた時、やるとなったら必要になるウイッグについて、リサーチはしていた。どんなショップに、どんなウイッグが、いくらくらいであるのか?お手入れの方法は?どうしたら自然に見えるようにできるのか?など、ウイッグショップのサイトから、闘病ブログ系まで、読み漁っていた。

 

妹のウイッグを購入することがあったので、自然に見せるコツというか、要素は、なんとなくわかっていた。

 

頭皮は面で、髪は線である。ウイッグ自体を完璧に私の頭に合わせることは不可能だ。頭自体が凸凹したりゆがんでいるところに髪が生えているわけだから、不自然に見えても仕方ないのだ。ゆがんだ面(頭)から出た線(髪)を自然に見せるには、立体感が必要なのだ。

 

立体感は、たとえばつむじから前髪の長さとボリュームの出し方。毛先をカールさせる、レイヤードを入れる、またはメッシュをいれたりして、立体感を出すようにする。うなじ部分の浮き上がりを抑えることや、もみあげの表現も重要だ。

 

髪も、顔も、トシを取っていることを忘れてはいけない。

 

また、大事なことはウイッグの毛質だ。人毛であれ、人工毛(ファイバー)であれ、基本、ウイッグの毛質は美しく、若い。それのなにが問題なのかというと、顔と髪の年齢の落差が生じるので、ちぐはぐな、妙な見た目になってしまうのだ。顔も髪も同じようにトシを取る。ゆるんだ輪郭や目尻には小じわがあるのに、髪だけ若かったらオカシイに決まっている。

 

これはまつ毛のエクステにもいえること。20代のハリやツヤのある肌なら、長くてバフバフしたエクステをしても負けないが、輪郭はゆるいは、ハリもない顔にバフバフまつ毛だと、老いた見た目を加速させてしまう。

 

私のウイッグの先生、 tsuoriiさん

 

ウイッグについて検索しまくっていたとき、違和感がまるでなく、自然なウイッグを販売している人を見つけた。tsuoriiさんである。彼女は乳がんに罹患し、抗がん剤の副作用により脱毛に悩んでいたそうだ。美容師という仕事柄、自分なりに研究、アレンジし、自宅で美容院を始め、ウイッグの販売やアレンジ、メンテナンスを行っているのだった。

 

HPには、自身が仕入れたウイッグに、お客さんに合わせてカットしたり、メッシュをいれたりして工夫されている様子や、結婚式やパーティに出席するお客さんのために、アップスタイルや、編み込みで華やかに仕上げたウイッグが紹介されていた。

 

御本人も美しい人で、色々なウイッグを、様々な工夫を施してかぶり、それをインスタグラムやブログにアップされていた。どれも本当にこれがウイッグなの?と目を疑うような、とても素敵なスタイルばかり。私自身、 tsuoriiさんからウイッグを購入したかったが、残念ながら2017年2月に亡くなっていた。

 

HPはもう閉められているようだが、ブログもインスタもまだ見ることができる。tsuoriiさんの工夫の数々を見ることで、ウイッグを自然に見せるための考え方や工夫を学んでいる。ぜひ彼女のウイッグを見てみてほしい。手ごろな価格のウイッグに、カットやカールを施して、いかに違和感なく自然に見せるかを工夫している様子、それを抗がん剤治療のかたわらやっていたという事実。ウイッグの悩みを持つ人のために、ひとりでサロンを切り盛りしていたことなど、その足跡を追うことができる。

 

そして今見ても、どのウイッグもまるで自毛のように自然で、かぶった人を美しく見せている。

 

私ももっと研究してみよう。

 

 

tsuoriiさんのブログ

ameblo.jp

 

tsuoriiさんのインスタグラム

www.instagram.com

 

 

 

#医療用ウイッグ #脱毛 #tsuorii 

治療後のフォローアップ検査、診察に行ってきた

遠足気分で治療後初の検査、診察へ

 

 

鎌倉は夏。

 

770円払ってグリーン車に乗り込み、一路南下。片道1時間半の遠足気分で病院へと向かう。7月頭、治療後初のフォローアップ検査、診察に行ったのだ。熱海行かー。こんな良い天気の7月の平日、このまま熱海まで行っちゃいたい気持ちを抑えるの必死。

 

放射線治療が4月に終わり、私の今回の治療はこれで手打ち。これ以上の治療はしないのだ。私の乳がんはトリプルネガティブという種類のもので、手術、抗がん剤放射線と標準治療を終えたら、その後服薬などはない。

 

治療はこれでお役御免、トリプルネガティブな私

 

トリプルネガティブ乳がんとは、ホルモン受容体(エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体)、HER2、どれも存在しないタイプの乳がんのこと。ホルモン受容体が陽性なら、標準治療後にホルモン療法の対象に、HER2陽性ならハーセプチンを投与する対象になる。つまり、ホルモン受容体、HER2が陽性なら、手術、抗がん剤放射線治療にプラスして、有効な治療法があるのだ。

 

トリプルネガティブは、ホルモン療法もハーセプチンも効果がない。乳がん患者の10%を占め、予後もよくないとされるため、トリプルネガティブとわかって悲嘆にくれる患者も多いらしい。

 

私はトリプルネガティブ自体には悲嘆しない。何年も続くホルモン療法をしないで済むではないか。なんてラクなの!と思えるのは、最初の乳がんから16年間、何事もなく過ごせてきたからという、幸運に恵まれたからだけれど。

 

ふくろうの会という、トリプルネガティブ乳がん患者会のサイトにわかりやすい解説ページがあるので参照されたし。

tnbc | トリプルネガティブ乳がんとは

 

検査はスムーズ。

 

胸部レントゲン、胸部エコー、血液検査を済ませ、検査結果が出次第、診察室に呼ばれる流れ、ここまで1時間半ほど。A先生から、よぅ久しぶり、手術から1年経ったなあ。と声をかけられる。あっという間の1年だ。

 

あおむけに寝ながらと、上体を起こしての触診を経て、検査結果も見たけど合格だよ、とからっと言われると、こちらもほっとする。次は3か月後だよ。医者の言うこと聞いてちゃんと来てよ!とA先生はどこまでも明るい。

 

実のところ、毎回この定期検査にドキドキするのである。なんでもないはず大丈夫なはず、と心の中は疑念と楽観とがないまぜである。そして大丈夫だよ、という言葉に胸をなでおろす。毎回この繰り返しなのだ。

 

怖すぎて

近藤外来もやめてしまった17年前。

 

17年前、左乳房のがんのときは術後のフォローアップ検査は、慶應の近藤先生のもとに通っていた。本来は手術、抗がん剤をしたA先生のもとにフォローアップに行くべきだったのだろうが、遠いし、当時の尋常ならざる混み方にへきえきして、慶應の近藤外来で済ませていた。近藤先生のフォローアップは触診のみ。腫瘍マーカーもレントゲンもエコーもしない。ゴッドハンドかよ!と内心笑いがこみ上げていた。

 

しかしそれも1年でやめてしまったのだ。なぜなら怖いからだ。おかしな理論だけれど、本当にそうなのだ。3か月に一度のフォローアップに行くたびに、再発という言葉が頭によぎる。職場にはがんのことは隠していたから、定期的にフォローアップに行くために休んだり、仕事を抜けたりすることも気が重かったこともあり、私はフォローアップすることから逃げたのだ。

 

もう逃げない、と思う。

そのほうが清々しいから。

 

でもこれからは粛々とフォローアップ検査、診察に通おうと思っている。がんであることをもう隠さないでおくことに決めたし、怖いといっても、17年前の怖さとは違うのだ。17年前に感じていた恐怖は、隠していたことと関係あるように思う。もし再発したら。それは命にもかかわることだけれど、それだけではない。職場も、仕事も失ってしまうという恐怖が大きかった。絶対に失いたくないもの、それは仕事だったのだ。

 

あの頃の私を支配していたのは恐怖だけではない。心の奥には怒りがあった。体調が悪いのに、フォローアップの検査にも行かずに仕事しているのに、なぜ認めてもらえないの、という自分勝手な、静かな怒りがあったのだと思う。

 

いま、私の周囲の人たちには、あらかた病気のことは話している。できることもできないこともあるから、それを率直に話す。時間が経つにつれ、外出する機会も増えて、できることも少しずつ増えてきた。自分のからだをいたわることができる、それは自分を大切にすること。正直なコミュニケーションのほうが、よい関係を結べること。そんなとても基本的な、当たり前のことがいまはできるから、やっぱりがんであることを公けにしてよかった。

 

 

 

血液検査、胸部レントゲン、胸部超音波、診察、しめて4,950円也。

 

入院手術、抗がん剤放射線にかかった費用もまとめておかなければ。

 

 

#フォローアップ #乳がん #トリプルネガティブ #近藤誠医師 

ジャパンキャンサーフォーラム2018に登壇します

ジャパンキャンサーフォーラム2018

 

8月11日12日に日本最大級のがんフォーラム、ジャパンキャンサーフォーラムが開催されます。11日(土)にはがんサバイバーの声を聴こう!というイベントがあり、そこにわたくしも登壇いたします。総勢11人も登壇する聞きごたえのあるイベントです! 

 

2人に1人がなんらかのがんになる時代、もう他人事ではないと思います。自分が、家族が、大事な人ががんにかかっても、むやみに不安に陥ることなく前を向くために、がん患者やサバイバーの声がヒントになるはずです。ぜひ聞きに来てください。


ジャパンキャンサーフォーラム2018
2018年 8月11日12日 at国立がん研究センター 築地キャンパス

 

 

www.japancancerforum.jp