ジコカイジ

self-disclosure‐‐‐乳がんのこと、仕事のこと、生き方のことを書いていく。

抗がん剤で脱毛したのち、頭皮がべたついてる問題。

抗がん剤で脱毛した頭皮が、べたついているのである。

 

この写真はちょうど1年前、2017年11月初頭。頭皮がピカピカしているのがわかるだろうか。このピカピカは脂である。すごくべたべたして、おまけにクサイのである。

 

しかしこの写真、ウケる。

残った髪を後生大事にバーコードにするあたり。

 

1年後のいま、絶賛発毛中である。

襟足は結構な長さがあるが、前髪、トップがなかなか伸びてこない。そして、頭皮がべたべたしている。頭皮だけでなく、髪もベターとして触ると脂っぽい。この頭皮のべたつき、どうしたらよいのか。

 

実は、猛烈なかゆみを伴うただれ、フケに悩んでいた時に使用していたシャンプーから、いわゆるフツーのシャンプーに変えて1か月たったばかり。時期尚早だったのかも。戻すか。。。頭皮が安定していないから、髪の伸び方にも影響があるのかもしれない。

 

みんなどうしているのかしらん。頭皮トラブルの悩み、あまり聞かないけれど、悩みないのかな?困っていることないのかしらん。

 

結局、一度これに戻します。

 

 

 

 

 

 

孤独と、暇と、沈黙は、人を殺す。

Facebook見ていたら、お友達として繋がっている下野誠一郎さんが、こんなことを投稿していた。

 

孤独と、暇と、沈黙は、人を殺す。

 

目に入った時、ドン引きしたのだけど、でもまあ、本当のことだよね。

 

暇だともれなく孤独だよね。孤独だともれなく沈黙もついてくるよ。がん治療の不安も治療後の生活の不安もあって、体力さえあれば行動することで払拭できるのに、それもできなかった。

 

働き盛りのサバイバーがやることなくて孤独を託っているって、たまらないもんだよ。ゆっくりしなよ、仕事だけがすべてじゃないよ、って言われても、こんな生活を1年以上続けていると、暇も孤独も致死量超えるよ。心が死ぬよ。

 

でも来週、予定がちょっとだけある。それだけで結構、元気でる。こういう小さな積み重ねが、いまの私には嬉しい。まだ私になにかできることがあるなと思えるだけ、それだけで元気になるような、ホッとするような気分。やっぱり暇も孤独も沈黙も、あかんのや。

 

下野さんも大変そうだけど頑張ってほしい。。。

 

抗がん剤をしないという選択をしたKさんのこと。

Kさんとの出会いは2001年のこと。慶應の近藤誠外来でのことだった。

 

exgirlfriend.hatenablog.com

 

同じ日に近藤外来で初診を受け、手術をするためにA医師のいるO病院へ回された。手術は私が一日先に受け、放射線もほぼ同日から慶應で開始した。温存手術、放射線と、本当にほぼ同一の治療を受けた。抗がん剤を除いては。

 

Kさんはとてもふんわりとした、柔らかい印象を与える素敵な奥様だった。某劇団に首席で入団、活躍したご自慢の一人娘と旦那様との三人暮らし。家族のために栄養士の資格も取られて、家族思いの良き母、良き妻として過ごしてきた人だった。

 

Kさんは手術前から、抗がん剤はしないと決めていた。特に言及することはなかったが聞かれれば、私は抗がん剤しないのよー、とにこにこしながら答えた。その理由も声高に言うことはなかったが、抗がん剤をしない理由は、脱毛したくないからだ。

 

Kさんは、脱毛するのが絶対にいやなの!みたいな、悲壮感漂うような叫びもせず、ただ抗がん剤はしない、ときっぱりと決めていた。それはなにがあっても揺るがなかった。

 

Kさんはその後、ホルモン療法は受けることにした。その度に通院するのは面倒なので、大阪で処方してくれる病院を紹介されていた。それからは近藤外来でのフォローアップでお目にかかるのだが、やはり、なんでやろ?なんでウチがんになったんやろ?と私に聞くことは変わらなかった。フォローアップに私が行かなくなっても、Kさんは折に触れて連絡してくれ、引っ越しをしたときはお祝いを贈ってくださったりした。

 

それから数年後、春が終わるころだった。今年も家族でお花見に行きました、と写真付きのハガキが送られてきた。Kさんは髪をふんわりとカールさせ、メイクもきちんとして、ほほ笑んでいる。色白のKさんに赤い口紅が映えていた。そしてその年、Kさんは亡くなった。

 

私はKさんが再発したのを知らなかった。いつ再発したか、そして治療をしたのかどうかも知らされていなかった。そもそも最初の手術前からすでに、脱毛するのが嫌だから抗がん剤をしない、と静かに固く決めていたKさんのことだ。再発したときにどうするのかも、きっと決めていたんだろう。

 

髪が抜けるのが嫌だから抗がん剤をしない。髪なんかどうせ生えてくるんだからとか、髪と命とどっちが大事?とか、たくさんの人に言われた。Kさんは乳がんとわかったとき、どのように手術するかどうか迷っていたら、胸なんかとっちゃえばいいじゃないか!と旦那さんから言われたそうだ。驚いたわあ、男の人はそんな風に考えるんやねえ。と笑って話していたが、そんな選択はKさんにとっては笑って一蹴するしかないことだった。Kさんは、美意識の人なのである。手術も、そのあとの治療も、Kさんの美しい生活を損なうものは退けるしかないのである。

 

近藤誠のところで治療して生きている人に初めて会った、とよく言われる私。たしかにKさんは術後5年ほどで亡くなった。でも近藤誠医師の口車に乗って、抗がん剤をしなかったわけではない。A医師と話し合う時間も十分にあったし、入院時に知り合った私を含め数人と抗がん剤について語り合うこともあった。Kさん以外は全員抗がん剤を選択したから、考え直す機会はあった。決して近藤誠に騙されて、抗がん剤をしなかったわけではない。

 

近藤誠医師に騙されたと言う人は、死が目の前に現れたときに後悔するから騙されたと思うわけだ。でもKさんはそうではない。最初から美意識と命を自分の中で天秤にかけ、どちらが大事か?と問われたとき美意識。と答える人だったのだ。

 

それはおかしい!間違っている!というのは簡単だ。でも私はKさんの選択を支持する。Kさんは誰にも文句を言わず、すべてを自分で選択しただけなのである。

 

そして脱毛についてもっと積極的に防ぐ方法があれば、Kさんも抗がん剤をえらんだかもしれないと、思う。抗がん剤治療に対するイメージを変えることができるのに。


なんでやろ?病院でこんなに優しくされたことないわ!と大阪から来たKさんが何度も聞くので答えた話し。

2001年、私とKさんが乳がんの手術後、慶應放射線科に通っていたときのことである。当時の慶應放射線科は近藤誠医師が在籍しており、週1回水曜日の診察日には日本国中の乳がん患者の女性が詰めかけ、座る場所もないほどの大混雑。私もKさんもそのひとりであった。

 

exgirlfriend.hatenablog.com

 

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外科手術と抗がん剤は、当時まだ近藤医師の盟友であったA医師のいたO病院で、その後東京の患者は慶應の近藤医師のところで放射線治療をすることとなっていた。大阪から来たKさんはビジネスホテルに長期滞在しながら、慶應に通っていた。

 

なあ、ちさちゃん。うち、病院でこんなに親切にしてもらったことないんよ。慶應放射線科のみなさんは親切やわ。なんでやろ?と、Kさんが私に聞いた。

 

そうかなあ。そんなに親切かなあ。Kさんが感激するほどの実感が私にはなかった。それよりもこの混み方をなんとかしてほしかった。放射線科は、乳がん患者だけでなく、さまざまな人が集まっていた。顔なのか頭部に照射する人は頭からすっぽりかぶるマスクしているし、足に照射するらしいおじさんは短パン姿だし、とにかくあらゆる人がわんさかいて、そこにいるだけで人に酔う感じ。

 

Kさんはむじゃきに、なんでやろ?なんでやろ?ここの人たち、なんでこんなに親切なんやろか?と何度も私に聞いてくる。……ええとねぇ。ここにいる患者さん全員、がんだからだよ。と口からスラーっと出た。Kさんはすごく驚いた顔をして、そやな。がんだからやな!と納得されたようだった。

 

確かに言われてみれば、放射線科の看護師さん、技師さんたちは、患者に話しかけるときは私たちの目線に合わせてくれていたし、手や腕など、からだの一部に触れながら話しかけてくれていたような気がする。そういうちょっとしたことが、Kさんの琴線に触れたようだった。そういうコミュニケーションが温かさ、親切さにつながるのかも。私はそのときはぴんとこなったんだけど。

 

でも去年から今年、2度目の治療に臨んだ際、Kさんの気持ちがわかった気がした。抗がん剤投与の際、化学療法室の看護師さんたちは、たえず私への注意をおこたらず、何か変調を見れば真っ先に駆けつけてくれた。つねに私の目を見て、手や腕を取りながら話しかけてくれることで、ホッとする自分がいた。やはり年齢なのか。若いときは人から受けるちょっとした親切に鈍感だったのだ。若い女というだけで、きっと、今より関心を持ってもらえることが山ほどあったから。年って取るもんだね。Kさんのなんでやろ?なんでやろ?が懐かしい。

 

 

 

 

死ぬ前にわかった、妹の本当の望み。

自分が本当に望んでいることがなにかを、たぶんまだ知らないんだと思う。ふだんは、口を開けば、仕事がほしいだの、経済的に安定したいだの、自己実現したいだの、言っているけれど、本当にそうだか、わかったもんじゃない。

まあ、適当に聞き流してほしい。想い出したことがあったので書いておきたい。妹のことである。

 

がんの苦しみよりも彼女を苦しめたことがある。経済的な問題である。仕事を辞めて治療に専念したのはいいが、毎月彼女のインカムがまるっとなくなったわけで、完全に家計はショートした。

 

とにかく子供を置いては死ねないので、治療は続けたい。そして現在の生活も維持したい。そこで夫の家族からの支援を仰いだが不発。母も施設に入っており、妹を庇護しようにもその能力がない。そして私。いまも仕事ないけど、その頃もなかった。毎月のレギュラーの仕事はあったのだが、お前の原稿が気に入らないからクビ、と言い渡されたばかり。助けたくても助けられない状態だ。

 

9月に入り、追いつめられた妹は、とうとう車を手放すことになった。売る売らないとすったもんだしたあげく、とにかく車を手放して、生活をコンパクトにしている姿勢を見せなければ、だれからも援助を得られまいと親友から説得されてのことだった。その後、どんどん体調が悪くなっていき、10月20日に入院。車を売ってから1か月も経っていなかった。

 

激しい頭痛の原因ががん性髄膜炎とわかり、余命1か月と告げられたのは11月に入ってすぐ。亡くなる2週間ほどまえになると、意識があっても普通に会話することが難しくなっていた。ただ時たま、ぽつりぽつり、と話してくれる。

 

お姉ちゃん、私、本当に自分がほしいものがわかった。と、突然妹が言うのだ。ほぉ。本当にほしいものってなに?

 

海のそばの田舎に引っ越してね。息子を助手席に乗せて、毎日ドライブするの。それが私が本当にしたいこと。ほしいものだった。いま、わかった。

 

仕事でもなく、お金でもなく、都会のマンションでもなく、ブランドもののバッグでもない。息子と毎日、海岸線をドライブする生活が、本当にほしかったものだったのだと、妹自身が、それまで知らなかった。身体の自由を奪われ、食事することも出来ず、生きる喜びの大半をもぎ取られた死ぬ2週間前に、ようやくわかったのだ。そしておそらく、妹だけではなく、だれも自分の本当の望みを知らない。この身体を持って自由に生きる喜びを甘受している時には、わからないのだ。ほんとうのほんとうを。

 

いま、わかった。と静かにきっぱりと言った妹に、かける言葉はなかった。ただそばにいて、うんうん。そうか。と私はうなづくだけだった。

 

亡くなるまでの日々は、きちんと書き留めておきたいのに、なかなか書けない。11月になると、いつも妹と過ごした日々のことを思い出すのに。

 

身体を持っているということは、欲のかたまりをぶら下げて歩いているのと同じなのだろうな。

 

 

がんとは無縁!と思っている人と、がんサバイバーをミックスするワイン会やります。

ふたりにひとりががんになる時代と言われているのに、ピンと来ていない人は結構多い。誤解や無理解、偏見だって、まだまだある。結局、自分の身に起こったことしか、人間は真剣にならない。ましてやがんなど、ネガティブな話題は日常生活から避ける。

 

でも、ふたりにひとり、なんらかのがんのなる時代。がんリテラシーがあったほうがいいんじゃないかと、がんサバイバーの私は思うわけです。

 

かといって、勉強会やシンポジウムって、自分か身内ががん、もしくは相当に意識高い系しか来ないと思う。人間、楽しいことが大好きだ。ちょっとリッチな雰囲気の場所で美味しいもの食べたり、飲んだり、インスタ映えしたりするのが大好き。

 

と、いうことで、そういう場所を設けましたよ、という告知。

 

 

そもそも例年、ワイン会というのをやっていたのだけれど、今年からはがんサバイバーという視点も盛り込んでやってみよう、という新たな試み。

 

11月10日土曜日 18時45分~21時まで、東京の湾岸エリアのマンションが会場。

たぶん、夜景が最高に綺麗な時期です。

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本格的ギリシャ料理とワインを用意しています。会費は6000円。会費はかなり、主催者が泣いているのだけど。。。

 

 

参加ご希望者は、

お名前、携帯番号、メアド、ご自身のステイタス(がんサバイバーか、健康な方か)をmumthewords☆gmail.com お知らせください。(☆を@に変えてください)

 

あと数名お受けできます。いっぱいになりましたら、この投稿は下げます。

 

どうぞよろしく!

 

 

【今回のテーマはギリシャワイン&料理】

Bons Vivants ワイン会が4年ぶりに帰ってきました!今回のテーマはいま注目のギリシャワイン。ギリシャの土着品種のブドウから作られるワインとお料理は、これまでにない新しい発見の連続。副島美佐子さんが厳選したワインと、麻布十番リュウの真中正晴シェフのギリシャ料理、高層階からの夜景を楽しんでください!

【ワイン会の途中にがんサバイバーのスピーチを聴こう!】

今回からBons Vivantsには新しいコンセプトがプラスされました。それがThe Cancer Survivor next door (キャンサーサバイバーネクストドア)です。ワインとお料理を楽しみながら、会の途中でがんサバイバーのミニスピーチを聞いてください。そしてサバイバーと交流してください。

日時: 2018年11月10日(土)
ドアオープン18時45分 クローズ21時(すぐ撤収になります)
会費: 6000円  
定員なり次第締め切ります。
会場 :有楽町線 xx駅近くマンションのパーティルームです。
場所詳細は参加者にのみお教えします。

 

【Bons vivants ×The Cancer Survivor next door ってなに???】

Bons Vivants(ボン・ヴィヴァン)は、人生を楽しむ人、という意味。これまでもワインとお料理を通じてみんなで楽しむことを目指してやってきました。
新たなコンセプトはワイン会共同主催の千祥が、2度の乳がんサバイバーであることをカミングアウトしたことから始まりました。「がんなのにお酒飲んでいいの?」「働けるの?」「生き方変えたら?」……などなどがんサバイバーに対する思い込みや勘違いを払拭するには、直接知り合うこと、話すことが必要だと気が付きました。
サバイバーはあなたの隣に普通にいる人、あなたと同じように人生を楽しみ、働き、生きている人である、ということからThe Cancer Survivor next door(キャンサー サバイバーネクストドア)という会の新しいコンセプトが生まれ、プラスされました。ミニスピーチを聴いてください。私たちがどんなことに悩み、どんなことに喜んでいるか知ってください。FBやツイッター、インスタグラムで繋がってください。拡散してください。そして理解してください。なーんだ私と同じ、普通の人だったんだ!と。

トリックスター樹木希林先輩の死について。

このことについて書くつもりはなかったのだけど、やっぱり書くことにする。我が母校が輩出したふたりの女優のうち、死後まで話題をさらっている、樹木希林先輩の例の広告のことである。

 

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地球さん、って。キャッチコピーがダメ。ボディはこっちが好きだな。

 

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これはキャッチがいいけど、ボディがダメ。

 

 

晩年、ちょっと変わった、でもほっこりしたイメージに乗っかっていた樹木希林先輩。全身がんとか、ちょっとアレな発言があって、私は同じがんサバイバーとしては距離を感じていた。全身がんって、そんな言葉ないし、受けていた治療も特殊なものだったし。

 

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でも「死ぬ時ぐらい好きにさせてよ」から、今回の2種の広告に至る流れに乗った、樹木希林先輩はあっぱれ。トリックスターとしての役割を果たした。トリックスターだから、これでいい。宝島社さんは、彼女の心性をよく見抜いたと思う。

 

ただ、アマノジャクな私は世の中の反応にひっかっており。書くつもりがなかったのは、樹木希林トリックスターだからこれでいいけど、みんなの反応がナイーブ過ぎなのでは?と思っていたから。

 

命を使い切る、生き切る、ってね。結局、誰か、第三者の評価、言葉なんですよ。自分が自分に、使い切った!生き切った!なんて、思えることは決してないと思うんですよ。

 

生きることも死ぬことも、自分でコントロールできる!って思いたいのかなあ。こうありたい、って理想もあるし、そうなれるように準備することも結構だけど、死について、私は謙虚でありたいし、畏敬の念を持っている。

 

思い切って生きたほうがいいに決まっているし、私もそうするつもりでいるけど、命がある、生きている状態って結構不自由じゃないですか。そんなに100%思い切ってやります!やりきります!って、なんの躊躇もなく言えることってありますか?この体を持っていると、どこかで損得勘定している自分がいませんか?出し惜しみしている自分がいませんか?それが体を持って生きていることの不自由さだと思うのですよ。だからこそ、命を長らえていられるのですよ。毎日思い切っていたら、すぐ死ぬよ。危ないよ。

 

それに、いざ死ぬってなってもね。死ぬまで心は一直線に向かうわけではないんです。それは妹が教えてくれたことなのだけど、妹が死ぬまでの約一か月間、苦しみ、喜び、悔い、希望、絶望、さまざまな感情があふれてくるんです。行ったり来たり、曲がりくねったり、心は大きく揺れ動き、制御できるものではないんです。心だけではない。身体状態も、誰も予測できるものではなかった。対処することも難しかった。人の命は本当に不思議な、奇跡のようなものなんだと知ることができたんですよ。

 

 命を使い切る、生き切るよりも大切なことは、命が消えそうになった人の目の前に、ただそこに、共に在る。そこから逃げないで在る。在ってくれる人を見つけることだと思う。逃げないで在る。そういう関係を切り結ぶ人がいるだけで、極上な人生かと思うのだけど。

 

そういう意味では樹木希林先輩は、成功したと思う。夫以外の家族とはいい関係であったようだし、親友までずっとそばにいてくれたようだし。淡い人間関係がいいようなこと言っていたけれど、決してそうではなく、近しい友人に対しては深く付き合っていたらしい。

 

元・広告屋の私は、なんかこの広告が、ひとりの希代の女優、トリックスターにおんぶにだっこに肩車な気がしてしまいまして、クドクド書きました。

 

ちなみに、母校が輩出した女優ふたりのうち、もうひとりは太地喜和子である。どっちも個性派だなあ。

 

 

 

 

 

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